新春随想 所かわれば人かわる
私が就職して初めて福岡の工場へ赴任することになったとき、だれからだったかは覚えていないのだが、「九州の女性には気を付けなさいよ」と言われたのを覚えている。九州の女性は情熱的だから、すぐにほれられるので気を許すと身動きできなくなる、というのである。
私はこの言葉が頭に残っていて、女性に対していつも心にプロテクターを付けていたのが幸いだったか不幸だったか、身動きできなくなるような事態にはならなかった。
ほれられるという所までゆかなくても、九州の人は男も女もオープンで、だれでも気軽に話ができる人たちである。
電車やバスに乗り合わせたとき、こちらがよそ者だと分かるとそれこそ何でも話しかけて教えてくれる。
店先で珍しい魚などを見て、食べ方などを聞こうものなら、それこそわれ先に料理のやり方を話してくれる。
さらに、九州人は酒が入るとの一段とこの持ち味を発揮し、九州での酒席は男も女も話が飛び交い、笑いが絶えずにぎやかな事この上ない。
九州といっても福岡から鹿児島まであって、土地のよって違いがあり、人それぞれで同じではないであろうが、私が九州で接した人は多くの人が陽気で話しやすい人たちだった。
九州を離れ、東京や横浜で生活していてさらにこの思いを強くした。気さくな人だなあと思って、出身地を尋ねると九州出身の人だったということが時々ある。私が通っているスポーツクラブで向こうから話しかけてきた人は九州出身者だし、旅行などで一緒になり気軽に声をかけてくる人が九州出身者だと後で知って「なるほど・・・」と思ったものである。
◇ ◇ ◇
新潟と富山の県境は北アルプスが海までせり出していて、平地はほんのわずかしかない。この地の工場に勤務し、9年間を過ごした。
日本海側は11月になるとどんよりと曇った日が多くなり、雨模様の日が多く、やがてみぞれになり、雪のシーズンになる。
最近は雪が少なく、道路の除雪体制も整っているので、車やバスが止まることはないのだが、それでも雪国の冬はうっとうしい。
この地に生まれ育って、九州の女性と結婚した男性がいた。この女性はPTAの役員をし、ママさんバレーでも活躍し、地域の世話役などもしてすっかり地域になじんでいた。ある時、女性の集まりで、「お宅の御主人は優しそうな方で、どちらのご出身ですか?」と聞かれ、だれもが婿養子だと思っていたのである。その女性は「私がはるばる九州から嫁いできたのです」といって大笑いになったという。
この土地の人たちは男も女も九州人ほど口数が多くはなく、しずかな人が多かったように思う。
何度か、登校する女子高生集団と一緒になったことがある。どの子も色が白くてかわいく、新潟には美人が多いというのはもっともだと納得した。女子高生は全く素のままなので、女子高生がかわいいと、その土地には美人が多い。
新潟の冬は寒いけれども湿気を含んでいて、きめの細かい肌の色白美人を作るのではなかろうか。その上、新潟の女性は口数が少なく控えめで、働き者である。
◇ ◇ ◇
定年前の4年間を群馬で過ごした。群馬は古くは上野(こうずけ)とか上州と呼ばれた土地で、「かかあ天下と空っ風」「赤城山に忠治とバクチ・・・」などが名物と言われてきた土地柄である。
「かかあ天下」ではなくて「かかあ天下一」の「一」が省略されたものだと地元の人は弁解していたが、私は「かかあ天下」で間違いないと思っている。群馬は養蚕が盛んだった土地で、その担い手は女性であり、富岡製糸での働き手も女性で、女性の稼ぎが多かった。稼ぎが多いと女性の地位も高くなり、「かかあ天下」となったのではないか、という説が有力である。
これまでにも書いたことがあるけれども、群馬の葬儀はまさに「かかあ天下」を象徴するようなものである。自宅で葬儀を行うとき、室内の祭壇の周りには僧侶と女性だけが集まって、男性は喪主といえども庭先に立って式が進められ、男性は家の中に入れてもらえない。
「忠治とバクチ」というとずいぶん古いことのように聞こえるかもしれないが、群馬県はつい最近まで競馬(高崎)、競輪(前橋)、競艇(桐生)、オートレース(伊勢崎)と公営ギャンブルは何でもそろっていた。残念ながら高崎の競馬場が数年前に閉鎖になったようだが、パチンコ台の多くは今もメイドイン群馬である。
このように書くと、ギャンブル好きの男性と、その手綱をしっかりと握っている女性というイメージが浮かんできそうだが、それでは男性が黙ってはいないだろう。
群馬はこの30年ほどの間に、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫の4人も総理大臣を出しており、戦後4人も総理大臣を出している県は群馬だけである。
群馬の男性はギャンブルだけではないのである。
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現在、私は横浜市の北部に住んでおり、この地に移って間もなく10年になる。18歳まで過ごした郷里を除けば、連続して住んだ土地としては横浜が最長になった。以前、東京に住んでいたこともあり、東京・横浜等首都圏に住んだ期間は合わせれば20年近くにもなる。
そこで、「東京や横浜の住人はどんな人」と聞かれると困ってしまう。
東京や横浜は全国各地からやって来た人たちの集まりで、ニューヨークが人種のるつぼと言われるのにならえば、東京は全国各地出身者のるつぼである。人種のるつぼであれば肌の色や言葉などで区別がつくが、全国各地からの出身者は見た目では区別が付かない。
強いて東京・横浜人の特徴を上げれば「歩くのが速い」「無口な群衆」「エスカレーターの左に立つ」などが思い浮かぶが、それほど際立っているとも言えない。
街を歩いていたり、電車に乗ったりしていて気が付くのは、東京では男女ともスーツ姿が多いように思う。 それも最近はとんど黒に近いスーツが多く、向こうからスーツ姿の男性が数人で連れだって歩いてくると、ギョッとする。
女性の場合も、ビジネス街などに行くと黒のパンツスーツの女性ががやたらと目につく。最近の女性は背が高いので、かかとの少し高い靴をはくと、私より背が高い人も多い。黒いパンツスーツでさっそうと歩いている女性を見ると、それだけで仕事も出来るのだろうなと思ってしまう。
東京に限らず横浜や千葉・埼玉の人たちは多くが東京のビジネスマンである。その人間性も人と人とのつながりも、その人の仕事に基づくものであり、仕事が人間を作っている。
◇ ◇ ◇
ずいぶん昔のことだが「結婚するなら、朝ご飯を一緒に食べたいと思うような人が理想です」と言った人がいた。私はこの説に全面的に賛成する事もできないが、一部は当たっているようにも思う。
九州の女性と朝食を食べるとなると、朝から高いテンションにつき合わされて、まだ完全にはさめてない頭にはきつすぎる。朝食の相手は口数が少ない色白の新潟美人が好ましい。
家庭のかじ取りは群馬の女性にまかせておけば安心で、仕事の秘書は東京の女性に限る。
仕事を終えてからのつき合いは九州の女性がよい。にぎやかで楽しいのは九州の女性で、新潟の女性では座がもりあがらないし、群馬の女性では説教されそうだ。
それではわが郷里・愛媛の女性はどうであろうか。
愛媛を英語に訳せば「ラブリー・プリンセス」となり、「愛(いと)しいお姫様」という意味である。
ラブリー・プリンセスはやや控えめな点はあるが、すべてを備えた女性で朝食も昼食も晩飯も一緒にしたい相手である。
ついでながら、私の相棒は元ラブリープリンセスである。 (完)







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