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2008年12月

新春随想 所かわれば人かわる

 私が就職して初めて福岡の工場へ赴任することになったとき、だれからだったかは覚えていないのだが、「九州の女性には気を付けなさいよ」と言われたのを覚えている。九州の女性は情熱的だから、すぐにほれられるので気を許すと身動きできなくなる、というのである。

 私はこの言葉が頭に残っていて、女性に対していつも心にプロテクターを付けていたのが幸いだったか不幸だったか、身動きできなくなるような事態にはならなかった。

 ほれられるという所までゆかなくても、九州の人は男も女もオープンで、だれでも気軽に話ができる人たちである。

 電車やバスに乗り合わせたとき、こちらがよそ者だと分かるとそれこそ何でも話しかけて教えてくれる。

 店先で珍しい魚などを見て、食べ方などを聞こうものなら、それこそわれ先に料理のやり方を話してくれる。

 さらに、九州人は酒が入るとの一段とこの持ち味を発揮し、九州での酒席は男も女も話が飛び交い、笑いが絶えずにぎやかな事この上ない。

 九州といっても福岡から鹿児島まであって、土地のよって違いがあり、人それぞれで同じではないであろうが、私が九州で接した人は多くの人が陽気で話しやすい人たちだった。

 九州を離れ、東京や横浜で生活していてさらにこの思いを強くした。気さくな人だなあと思って、出身地を尋ねると九州出身の人だったということが時々ある。私が通っているスポーツクラブで向こうから話しかけてきた人は九州出身者だし、旅行などで一緒になり気軽に声をかけてくる人が九州出身者だと後で知って「なるほど・・・」と思ったものである。

        ◇                    ◇

 新潟と富山の県境は北アルプスが海までせり出していて、平地はほんのわずかしかない。この地の工場に勤務し、9年間を過ごした。

 日本海側は11月になるとどんよりと曇った日が多くなり、雨模様の日が多く、やがてみぞれになり、雪のシーズンになる。

 最近は雪が少なく、道路の除雪体制も整っているので、車やバスが止まることはないのだが、それでも雪国の冬はうっとうしい。

 この地に生まれ育って、九州の女性と結婚した男性がいた。この女性はPTAの役員をし、ママさんバレーでも活躍し、地域の世話役などもしてすっかり地域になじんでいた。ある時、女性の集まりで、「お宅の御主人は優しそうな方で、どちらのご出身ですか?」と聞かれ、だれもが婿養子だと思っていたのである。その女性は「私がはるばる九州から嫁いできたのです」といって大笑いになったという。

 この土地の人たちは男も女も九州人ほど口数が多くはなく、しずかな人が多かったように思う。

 何度か、登校する女子高生集団と一緒になったことがある。どの子も色が白くてかわいく、新潟には美人が多いというのはもっともだと納得した。女子高生は全く素のままなので、女子高生がかわいいと、その土地には美人が多い。 

 新潟の冬は寒いけれども湿気を含んでいて、きめの細かい肌の色白美人を作るのではなかろうか。その上、新潟の女性は口数が少なく控えめで、働き者である。

        ◇                     ◇

 定年前の4年間を群馬で過ごした。群馬は古くは上野(こうずけ)とか上州と呼ばれた土地で、「かかあ天下と空っ風」「赤城山に忠治とバクチ・・・」などが名物と言われてきた土地柄である。

 「かかあ天下」ではなくて「かかあ天下一」の「一」が省略されたものだと地元の人は弁解していたが、私は「かかあ天下」で間違いないと思っている。群馬は養蚕が盛んだった土地で、その担い手は女性であり、富岡製糸での働き手も女性で、女性の稼ぎが多かった。稼ぎが多いと女性の地位も高くなり、「かかあ天下」となったのではないか、という説が有力である。

 これまでにも書いたことがあるけれども、群馬の葬儀はまさに「かかあ天下」を象徴するようなものである。自宅で葬儀を行うとき、室内の祭壇の周りには僧侶と女性だけが集まって、男性は喪主といえども庭先に立って式が進められ、男性は家の中に入れてもらえない。

 「忠治とバクチ」というとずいぶん古いことのように聞こえるかもしれないが、群馬県はつい最近まで競馬(高崎)、競輪(前橋)、競艇(桐生)、オートレース(伊勢崎)と公営ギャンブルは何でもそろっていた。残念ながら高崎の競馬場が数年前に閉鎖になったようだが、パチンコ台の多くは今もメイドイン群馬である。

 このように書くと、ギャンブル好きの男性と、その手綱をしっかりと握っている女性というイメージが浮かんできそうだが、それでは男性が黙ってはいないだろう。

 群馬はこの30年ほどの間に、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫の4人も総理大臣を出しており、戦後4人も総理大臣を出している県は群馬だけである。

 群馬の男性はギャンブルだけではないのである。

        ◇                    ◇

 現在、私は横浜市の北部に住んでおり、この地に移って間もなく10年になる。18歳まで過ごした郷里を除けば、連続して住んだ土地としては横浜が最長になった。以前、東京に住んでいたこともあり、東京・横浜等首都圏に住んだ期間は合わせれば20年近くにもなる。

 そこで、「東京や横浜の住人はどんな人」と聞かれると困ってしまう。

 東京や横浜は全国各地からやって来た人たちの集まりで、ニューヨークが人種のるつぼと言われるのにならえば、東京は全国各地出身者のるつぼである。人種のるつぼであれば肌の色や言葉などで区別がつくが、全国各地からの出身者は見た目では区別が付かない。

 強いて東京・横浜人の特徴を上げれば「歩くのが速い」「無口な群衆」「エスカレーターの左に立つ」などが思い浮かぶが、それほど際立っているとも言えない。

 街を歩いていたり、電車に乗ったりしていて気が付くのは、東京では男女ともスーツ姿が多いように思う。 それも最近はとんど黒に近いスーツが多く、向こうからスーツ姿の男性が数人で連れだって歩いてくると、ギョッとする。

 女性の場合も、ビジネス街などに行くと黒のパンツスーツの女性ががやたらと目につく。最近の女性は背が高いので、かかとの少し高い靴をはくと、私より背が高い人も多い。黒いパンツスーツでさっそうと歩いている女性を見ると、それだけで仕事も出来るのだろうなと思ってしまう。

 東京に限らず横浜や千葉・埼玉の人たちは多くが東京のビジネスマンである。その人間性も人と人とのつながりも、その人の仕事に基づくものであり、仕事が人間を作っている。

                ◇        ◇         ◇

 ずいぶん昔のことだが「結婚するなら、朝ご飯を一緒に食べたいと思うような人が理想です」と言った人がいた。私はこの説に全面的に賛成する事もできないが、一部は当たっているようにも思う。

 九州の女性と朝食を食べるとなると、朝から高いテンションにつき合わされて、まだ完全にはさめてない頭にはきつすぎる。朝食の相手は口数が少ない色白の新潟美人が好ましい。

 家庭のかじ取りは群馬の女性にまかせておけば安心で、仕事の秘書は東京の女性に限る。

 仕事を終えてからのつき合いは九州の女性がよい。にぎやかで楽しいのは九州の女性で、新潟の女性では座がもりあがらないし、群馬の女性では説教されそうだ。

 それではわが郷里・愛媛の女性はどうであろうか。

 愛媛を英語に訳せば「ラブリー・プリンセス」となり、「愛(いと)しいお姫様」という意味である。

 ラブリー・プリンセスはやや控えめな点はあるが、すべてを備えた女性で朝食も昼食も晩飯も一緒にしたい相手である。

 ついでながら、私の相棒は元ラブリープリンセスである。 (完)

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No378 大人の休日倶楽部

378hama  家庭菜園の仲間が「大人の休日倶楽部」で函館に行ったと話してくれた。

 JR各社には運賃が割引になる「ジパング倶楽部」と呼ばれる会があることはこれまでにも聞いたことがあったが、「大人の休日倶楽部」については初めて聞いた。

 調べてみると、「大人の休日倶楽部」はJR東日本の会で、会員になるとカードが届き、このカードは首都圏のJR・私鉄で使われている自動改札カードの機能とクレジットカードの機能を持っており、銀行口座と連動して自動改札の料金が銀行口座から自動的に引き落とされる事になっている。運賃割引はJR東日本は30%、その他のJRは20~30%となっている他、旅行閑散期に年4回、3日間フリー切符というのがあって、これを利用すると北は函館から西は福井まで1万2千円で乗り放題ということであった。さっそく年3千円程の会費を納め、夫婦で入会した。

 フリー切符は2月、6月、9月、12月にそれぞれ2週間程利用できる期間があり、JR東日本管内なら新幹線も指定席も利用できる。

 今年最後の利用期間は12月6日より12月18日までとなっており、さっそく1万2千円のフリー切符を試してみることにした。

 まず行き先を決めねばならないが、東北新幹線で終点の八戸まで行くことにし、近くの古牧温泉・青森屋に宿泊することにした。インターネット予約だと特別割引で一人1泊2食7000円となっていて、安すぎるような気がして少し不安もないではなかったが、安いことに超したことはないと予約を入れた。

 東京から東北新幹線で約3時間、東北の冬景色を眺めているうちに八戸であった。八戸で、B級グルメで全国第2位になったという郷土料理「せんべい汁」をたべ、在来線で約10分、古牧温泉に着いた。宿泊の青森荘は大きなホテルで、懸念することは何もなかった。

 温泉には水面に浮かぶ露天風呂があってとても気持ちが良く、バイキング料理は品数が多く味も良かった。

 翌日は東北有数の海産物市場だという「八食センター」に行き、七輪で焼く貝やイカ、エビのバーベキューを楽しんだ。

 「大人の休日倶楽部」最初の旅は、今年のあかを流して、すこぶる付きの満足な旅であった。

 (写真は「大人の休日倶楽部」の会員証)

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No377 落ち葉

 落ち葉の季節である。

 街路樹のケヤキ、トウカエデ、イチョウが葉を落とし、歩道に落ち葉が積もっている。中でもイチョウの377hama落ち葉は色鮮やかで、歩道に黄色いじゅうたんを敷いたようだ。

 わが家の前に小さな公園があり、この公園は宅地造成前の雑木林の一部が残されたもので、ナラ、クヌギ、ニセアカシヤ、山桜などの落葉樹が多く、12月になると落葉が始まる。落ち葉が公園内に積もるのなら何にも問題ないのだが、風に吹き寄せられ、わが家の前の道路から車庫前が落ち葉のたまりとなってしまう。この季節は北風が強い日が多くて、公園の落ち葉は公園内に落ちないで道路を挟んだわが家の方に押し寄せるのである。

 相棒はお金がこんなに集まってくるのなら良いのにと言いながら、落ち葉を集めてゴミ用のポリ袋に詰めており、落ち葉の袋は一度に4個も5個にもなる。この落ち葉のポリ袋はゴミ収集に出すのだが、畑をやっている隣のおじさんが「肥料にするから持ってゆくよ」といって、軽トラに積んでゆくこともある。

 落ち葉だけでなく、庭木や垣根を剪定した小枝も束ねたりポリ袋に入れたりして、ゴミ収集に出すので、市のゴミ焼却は大変である。

 「たき火」という童謡がある。

  垣根の垣根の曲がり角

たき火だたき火だ落葉たき

あたろうかあたろうよ

北風ピープーふいている

 この童謡は昭和16年に発表されたものだというが、昔、落ち葉などはどこでも燃やしていたと思う。最近は落ち葉でたき火をしているのを見ることは全くなくなった。都会地では一戸建ての庭が狭いのでたき火が難しく、例えできたとしても、洗濯物が汚れると近所からクレームが来そうだし、場合によっては火事と間違えられて消防車がきそうである。

 つい最近、公園内に板で囲いができていて、何だろうかと近づいてみると、「堆肥置場」とあり「この中に入れるのは落ち葉だけだよ」と書いてあった(写真)。管理者は公園愛護会とあり、公園の利用者が自主的に設けたもののようである。

 これで落ち葉をゴミ収集に出さなくても良いことになったが、できた堆肥はどうするのだろうかと気になっている。

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No376 三つ星レストラン

376hama 2007年1月に国立新美術館がオープンした。これに合わせて、フランスの三つ星レストラン料理人ポール・ボキューズ氏のレストラン「ポール・ボキューズ」も美術館3階にオープンした(写真)。

 オープン当時はフランスの三つ星レストランの料理が日本で食べられるということで話題になり、大変な人気で長い行列ができていた。オープンして半年ほどたってから行ってみても長蛇の列ができていて、1時間半待ちということで諦めたことがあった。

 先日、美術館のピカソ展に行き、ポール・ボキューズのレストランでランチを食べてみたいと寄ってみた。12時過ぎに着くと、行列ができていたが、20分程待って席に着くことができた。

 既に1800円のランチコースは売り切れで、2680円のランチコースにコーヒーを付けて、3060円のランチを食べることにした。前菜、メインディッシュ、デザートがそれぞれ3種類の中から選べるようになっていて、私は栗かぼちゃのスープ、肉料理を選び、デザートは中味が判らぬまま適当に選んでウエイトレスに注文した。パンは何個でもお代わりできて、水も自由であった。

 デザートは「昔ながらのゴーフル」というのを注文していたところ、出てきたのは以前流行したベルギーワッフルの形をしていて、後で調べてみるとワッフルのことをフランス語でゴーフルと呼ぶようである。

 スープも肉料理もデザートも、どれも美味しく、パンはかめばかむほど味がして、4切れも食べて、腹の方も満足であった。満足ではあったけれど、さすがと思わせるほど感動することもなかった。

 ポール・ボキューズのレストランはこのレストランに続いて、5店オープンしており、このうち渋谷の1店だけがミシュランガイドで一つ星をもらっている。フランスの本家が三つ星だからといって、日本の店が美味しいとの保証は何もないし、この日の値段ぐらいのランチで感動するほどの料理を期待するのが無理というものかもしれない。

 アジの塩焼き、ほうれん草のおひたし、みそ汁、ご飯、漬け物のわが家の夕食とこの日のランチを比べたとき、どちらを食べたいかと聞かれれば、アジの塩焼きの方も捨て難い。

(「まかないランチ」に料理の写真を載せています)

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No375 アメダス

375hama  だれでもアメダスという言葉を聞いたことがあると思う。アメダスとは気象庁の「地域気象観測システム」の通称で、全国約1300カ所に気象観測所が置かれ、降水量、気温、日照時間、風向・風速等が常時測定されている。データーは気象庁に集められ、全国に配信し、気象の予報や災害の予防に役立てられている。

 テレビの天気予報を見ていると、全国地図に気温や雨の地域などが色分けされて示されることがあり、これがアメダスによるものである。

 インターネットで天気予報を見ると、予報には必ずアメダスが付いている。私は出かけるときなど天気を確かめるためには必ずこのアメダスを見る事にしている。

 アメダスで静岡辺りに雨が降っていると、天気は西から東に動くので、横浜は2、3時間後に雨になる事が多い。

 さらにインターネットの天気予報にはレーダーによる雨雲の観測データーと雲の衛星画像があるので、これらのデーターから数時間後の天気ならかなり精度良く予測できる。関東より西側に雨がなく、レーダーでも雨雲がなければ、半日ぐらいで雨になることはまずない。

 先日、家庭菜園まで行ってショウガや里芋を収穫してこようと思ったが、厚い雲がたれていたので例によってアメダスを調べてみた。アメダスでは浜松辺りまで雨になっていたが、レーダーでは近くに雨雲はなかったので、2、3時間は降らないだろうと、安心して出かけた。

 ところが菜園に着いて15分もするとかなり強い雨になってしまった。こんなはずではなかったと思ったが、もう遅い。菜園の物置小屋で雨宿りをしていた。

 物置小屋から何げなく少し離れた住宅を眺めていると、その住宅からもこちらを眺めている人がおり、そのうちにその人が傘をさして、足早にやってきた。年配の奥さんで、どうぞお使い下さいと、使い捨ての透明なビニール傘を差しだした。雨宿りをしている私を見てわざわざ傘を届けてくれたのである。厚意を有り難く受けて、小さなショウガをお礼に差し出した。

 私の天気予報が当たらなかったのは残念であったが、優しい人情に触れたので、とてもすがすがしい気分であった。

 (図は12月9日22時のアメダス降水量)

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No374 横浜開港150周年(5)大さん橋

 戦前まで横浜港は貿易の面でも、外国への往来の点でも日本で一番重要な港であった。

 3741hama 戦後は様変わりして空の時代となり、貿易港としても東京や名古屋が多くなった。といっても、大型客船の寄港では横浜が日本で一番多く、横浜港は日本の海の玄関口であることに変わりはない。

 横浜港には2002年、長さ430㍍、幅70㍍の大さん橋が完成し、3万㌧クラスの大型客船なら同時に4隻、5万トン超の大型客船なら同時に2隻着岸できるようになった。この大さん橋は「横浜大さん橋国際客船ターミナル」というのが正式名称で、日本に寄港する大型客船のほとんどがここに着岸する。

 大さん橋は3階建ての鉄骨構造で、地下は機械室、1階が駐車場、2階が出入国ロビーや税関、店舗などで、屋上が広場となっている。屋上広場は送迎デッキともなっており、船の甲板をイメージした板張り部分と芝生部分があって、ここからの眺めが素晴らしい。

3742hama  私はだれかに横浜を案内するときはここに来ることにしており、私が横浜で一番好きな景観である。湾の入り口にはベイブリッジが見え、北側にはランドマークタワーやホテルなどの高層ビル群、南側には横浜マリンタワーや山下公園などが見える。

 私はこれまで何回か大さん橋に来ているが、大型客船が停泊しているのを見たことはなかった。先日、日本の客船で一番大きいという飛鳥 Ⅱが来るというので見に行ってきた。

 開港記念広場の方から大桟橋入り口に向かうと、さん橋の左側にビルのような船が見えてきた。これが飛鳥Ⅱで、船首を港出口に向けて停泊していた。さん橋屋上に上がっても、飛鳥の上甲板ははるか上の方にあって、思っていた以上に大きい。

 飛鳥Ⅱは50142㌧、全長・全福241㍍×29.6㍍、乗客定員800名、郵船クルーズ社所所有の客船である。

 船の最上階は12階になっているようなので、12階建、長さ240㍍のビルが海に浮かんでいるようなものだ。

 この日は17時に出航して2泊のクルーズだそうで、ボツボツ乗船客が集まっていた。私も話の種に一度は乗って見たいと思っている。

(写真上:さん橋入り口から見た飛鳥Ⅱ、写真下:さん橋の対岸から見た飛鳥Ⅱ)

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