2009年4月
No393 「タヒる」
ラジオを聞いていると、「タヒる」という言葉が中高生の間で使われていると言っていた。「タヒる」は、「今日の試験できなくてタヒるよ」とか「あこがれのA君が彼女と歩いていて、タヒるねー」などと用いられる。
「タヒ」と横に書いて上に「-」を書くと、これは漢字の「死」である。 「タヒる」とは「死」からきた言葉だが、「死」ほど強い意味はなく、「もうだめ」とか「がっかり」というほどの意味のようで、若者がメールでよく使うのだという。
出版社が若者の新語・流行語を発表しており、「タヒる」もこの中に含まれているのだが、その中で年寄りも理解しやすいものを紹介する。
【老働】年金だけでは生活を賄えず、働くこと
【忘飲忘食】飲んだり食べたりた物を忘れ、物忘れがひどいこと
【ダルビッシュ】だるいこと。「ちょ~ダルビッシュなんですけど」
「チョベリバ」が話題になったのはもう10年ほども前になるだろうか。「チョベリバ」とは「超ベリー・バッド」のことで「最悪」という意味なのだが、最近はもう死語だという。ところが、「チョベリバ」は死語になっても、「超」は私たちの周りにあふれるようになった。「超」は「超満員」とか「超特急」などと使われて、決して新しい言葉ではないのだが、最近は何にでも「超」を付けて、「超激安」「超人気」「超レアー」などと宣伝文句があふれ、さらに「超厳しい」「超難しい」などと、若者だけでなく、かなり広範囲に「超」が使われるようになった。「超」は英語で言えば「ウルトラ」とか「スーパー」というような意味で、今後も定着しそうだ。
中高年の人なら「ロハ」という言葉をご存じであろう。「タヒ」が横に並べるのに対し、「ロハ」は縦に並べるもので、縦に並べると「只」となる。「ロハ」とは「只」の事で、無料という意味である。「ロハの酒」という風に使われ、大正時代にはやった言葉だという。
いつの時代にも流行語とか若者言葉というものがあって、このような言葉は短期間で消えてしまうものばかりだが、今の流行語で残るものがあるだろうか。それにしても造語の巧みさには感心してしまう。
【クイズ】若者の新語【指恋】とは?(解答は次回)
No392 半径5メートル
朝の生活情報番組「はなまるマーケット」を見ている方はご存じの通り、この番組の「はなまるカフェー」のオープニング曲が新しくなった。
「はなまる はなまる あなたのはなまるカフェー」という新しい歌声は今売り出し中の秦万里子さんの声である。
私が秦さんのことを聞いたのは、ラジオで「半径5メートル」の話を聞いたのが最初で、その時は何のことか分からなかった。その直後、「はなまるマーケット」に秦さんが出演し、秦さんのデビューCDが「半径5メートル物語」だと分かった。「半径5メートル」とは主婦を中心として周囲5㍍という意味で、主婦の身近な出来事といった意味合いである。
秦万里子さんは東京都出身の53才、国立音大ピアノ科出身、渡米して作曲、編曲、指揮、ミュージカル、ジャズを学んだ。帰国後子育てに専念したあと音楽活動を再開し、1月に先ほどのCDを発売して、メジャーデビューした。
駅前のホールで、秦万里子さんのコンサートがあるというので聞きに行った。秦さんが金髪のおかっぱ、はかま姿でステージに登場し、ピアノ演奏の後、このコンサートのために編成したという主婦50名のコーラス隊と秦さんで「女はバーゲン」「男はラーメン」と賑やかな合唱で始まった。
その歌詞の一部を紹介すると
「あー/女はバーゲンバーゲン/何でもかんでもバーゲンバーゲン/あの街この街バーゲンバーゲン/命がけだわ/だって女はバーゲンバーゲン/夏物冬物バーゲンバーゲン/行かなきゃ損損バーゲンセール・・」といった調子である。
合唱は2曲だけであとは秦さんの弾き語りであった。曲目を挙げると、「迷うランチのABC」「半径5メートルメドレー」「レジ待ちの列」「花粉の歌」などすべて自身の作詞作曲で、達者なトークを挟んで約2時間のコンサートであった。
ピアノも歌もとても達者だが、歌の内容はお笑いである。私はコンサートに行ったというよりも、寄席に行った気分であった。
「綾小路きみまろと綾戸知恵を足して2で割ったのが秦万里子」との評があった。年末の紅白を狙うということのようだったが、秦万里子は大ブレークするだろうか。
(写真は秦万里子コンサート パンフレットから)
No391 横浜開港150周年(8)横浜ベイブリッジ
私は羽田空港に車やバスで行くとき何度も通ったことがあり、橋からの眺めが素晴らしいと感じていたが、橋の上に車を止めることはできず、バスも一瞬のうちに通り過ぎてしまって、ゆっくりと眺めることはできなかった。
この橋を歩くことができると聞いたので一度歩いてみたいと思っていた。私の頭の中には南側から北側まで、取り付け道路を含めると2㌔ぐらいは歩くのではないかと思っていたが、調べてみると違っていた。橋の歩行はスカイウオークと名付けられて、橋の両側に設けられた片道320㍍の遊歩道を歩くというものであった。
先日、その遊歩道を歩いてみた。ふ頭からエレベーターで遊歩道に出ると、幅2・5㍍、両側が金網の遊歩道が続いていて、風が吹き抜け、帽子が吹き飛ばされそうであった。所々に休憩所があって、ベンチが設置されていたが、風が強くてとても休憩する気分ではなかった。一番高い所で海面から60㍍ということであったが、床がしっかりしているので足がすくむことはなかった。
遊歩道先の橋の下に、直径32㍍というドーナツ型のラウンジが取り付けられていて、全面ガラス張りの窓から眺望を楽しむようになっていた。 この日は快晴であったにもかかわらず、黄砂の影響か空がかすんでいて富士山は見えなかった。
白い軌跡を残して走っている船がよく見え、ラウンジから海面までは約50㍍ということで、まるで模型の船が走っているようであった。豪華客船が港に出入りするとき、ラウンジからの眺めが見事だそうで、見物客が殺到するという。ところが20年前、ベイブリッジ建設当時は予想できない事態が発生している。豪華客船が大型化し、ベイブリッジを通過できない船が現れたのである。3月に来航したクイーン・メリー号はベイブリッジを通過できなかったため、橋の外のふ頭に接岸せざるをえなかった。
下から見るとベイブリッジの大きさに圧倒されるが、ここを通れないという客船の大きさは想像を絶している。
(写真は展望ラウンジからみたベイブリッジ)



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