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2009年6月

No402 イギリス旅行(1)旅の始まり

   

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3月下旬、旅行社の20周年記念ということで、イギリス9日間20万円のツアーが新聞広告に大きく載った。今年もどこかに行きたいと思っていたところだったので、詳しく調べもせず、6月出発のイギリス9日間の旅を電話で申し込んだ。

 相棒が電話で申し込んだとき、電話がなかなか通じなかったので申し込みが多いようだと感じていたが、インターネットで申し込み状況を調べてみると、どの日もすぐに満席なり、キャンセル待ち状況になっていた。

 その後、新型インフルエンザ騒動が持ち上がり、何もこの時期に海外旅行でもないだろうという気運が広がっ4022hamaてきた。

 私も様子を見ていたのだが、たいした事はなさそうなので行くことに覚悟を決め、出発日の1ヶ月前を過ぎて応募状況を調べてみて驚いた。キャンセル待ちになっていたのに、「お席に余裕があります」に変わっていた。かなりのキャンセルが出たようなので、中止もあるかと気にしながらチェックしていたが、中止にはならなかった。

 これまでのイギリス旅行だと9日間なら30万円前後と燃料サーチャージが4万円ぐらい掛かっていた。これが旅行代金20万円・燃料サーチャージ 7千円と、破格の安さとなって、多くの方が飛びついたようだが、インフルエンザの心配には勝てなかったようである。私はこの様なときこそ航空機が空き、ツアーメンバーが少ないと旅行も楽なので、断然行くことに決めた。

 このツアーのうたい文句は、「イギリスを代表する5つの庭園へご案内」「バラが咲き誇る6・7月に出発」「イギリス名物料理を含む21回の全食事付き」等となっていて、イギリスの南部から中央部にかけてバスで巡るものである。

 出発に当たってはイギリスのガイドブックを読み、イギリス観光局の観光案内も取り寄せ、小説「嵐が丘」舞台となったハワースを訪ねることになっているので「嵐が丘」を読み、映画「嵐が丘」のDVDも観た。 

 予想通り、ツアーは定員30名のところ25名参加、ソウル経由アシアナ航空で、私たちは3人掛け席に2人がゆったりと座ってロンドン空港に着いた。

(写真はアシアナ航空のソウル-ロンドン間の機内食)

 

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No401 まる8年

今回の「浜風にのって」は401回で、新聞に掲載を始めて間もなくまる8年になる。

 軽い気持ちで掲載をお願いし、8年も書くことになって、自分で驚いている。読者の方に感謝するとともに、自分でも自分を褒めたいと思う。

 これまで海外旅行に出かけたときに何回か休載した以外は締め切りに遅れることもなく書いてきたが、喜んでもらえるものを書くのは難しい。

 まず、何について書くかが問題である。

 ふだんから何か書くことはないだろうかと意識していると、見たり聞いたりするものをヒントにしてテーマを決める事が多いのだが、面白いテーマはなかなか思いつかないし、ぴったりしたテーマがいつも見つかるとは限らない。海外旅行をしたときなどは、旅行記を書くことになって、何を書こうかと迷うことがないので気楽である。 自分では「困ったときの花」と言っているのだが、面白いテーマがないときはピンチヒッターの気持ちで季節の花について書いたりしたことが何度もある。

 テーマが決まれば、千字ぐらいの文章にするのはそんなに時間は掛からない。しかしながら、読みやすく、面白くかけたかどうかは別問題で、上手い文章を書きたいと思うけれども、力量以上のものは書けないと、最近は少しばかりあきらめ気分である。

 新聞や雑誌などでプロ作家の文章を読むと「さすがに上手い」と思うことがままある。

 最近読んだのでは朝日新聞の落合恵子さんの文、情報誌で読んだ角田光代さんの文章は、読みながら上手いなーと思い、読み返したほどである。文章に流れるようなリズムがあって読みやすく、表現が多彩でイメージが膨らんでくる。

 昔読んだのでは、瀬戸内寂聴になる前の瀬戸内晴美さんの文章や司馬遼太郎さんの紀行文に感心したことを覚えている。

 文章を上手に書くのは生まれ持った才能で、普通の人がいくら練習しても100㍍10秒で走れないと同じように、文章もプロが書くようなものをアマが簡単に真似することはできないであろう。

 これからも勉強しながら、次は500回をめざして書きたいと思います。ご愛読下さい。   

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No400 ボールペン

400hama  私の筆記具は専らボールペンである。

 今使っているのは赤黒青の三色とシャープペンの4芯(しん)ボールペンで、300円ぐらいのものである。現役の時は鉛筆型の黒か赤の単芯のものを使っていて、今もペン皿に何本か残っているが、このタイプのものはほとんど使わなくなった。4芯のものを使い始めると、軸が大きくて手にぴったりとおさまり、使い勝手がよいのである。

 学生のころや、社会人になってもしばらくは筆記具としては万年筆が主役であった。

 手紙を書く場合など、ボールペンでは相手に失礼という気分があったように思う。

 私も社会人になってからペリカンとかモンブランというやや高級万年筆を持っていたが、実際に使うことはめったになかった。万年筆はふだんから使っていればインクの出も良く、ペン先もなじんでくるのだが、めったに使わないとインクが乾いて出にくくなり、使い勝手が良くないのである。若いとき使った万年筆で、使いやすいと思ったものは1本もなく、その内に手元からなくなってしまった。

 それに比べ、現在のボールペンは使いやすい。 以前はインクが出なくて、いらいらする事があったが、最近のボールペンはそのようなことも無く、インクを最後まで使い切る事ができる。

 エジプトを旅行したときの事である。

 観光地でも街を歩いていても、日本人を見ると子供は言うまでもなく大人までも手を出して、「ボールペン、ボールペン」といって、ボールペンをねだってきた。

 レストランで食事をしたとき、私が手にしていたボールペンを見て、立派な風体のウエイターが「ボールペン」といって、私のボールペンを欲しがったのには驚いた。 

 エジプトでどうして日本のボールペンが欲しがられるか定かではないが、一つには日本のボールペンはインク切れが無く使いやすいことと、日本人観光客はボールペンぐらいなら気前よくくれるという評判が広まっているからではないかという。100円ショップで売っている安物のボールペンではエジプトの子供も欲しがらないそうだ。

 身の回りに中国製やベトナム製が増える中で、私の使っているボールペンはしっかりと「日本製」と書いてあった。

(写真の右端が現在愛用の4芯ボールペン)

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No399 古民家園

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 川崎市には質・量ともに日本トップクラスといわれる日本民家園があり、先日、知人たちと一緒にゆっくりと見学した。

 川崎市の北部、生田緑地の緑深い傾斜地の南面に民家園があり、茅葺(かやぶ)きの古い家屋が段々に建っていた。

 家屋はいずれも東北や信越、関東に残っていたものを解体移築したものだという。代表的な古民家はじめ水車小屋、船頭小屋・農村歌舞伎舞台などが合わせて23棟あり、このうち7棟は重要文化財、残りは県や市指定の文化財となっている。多くは江戸時代に建てられた家屋で、建築後二百年から三百年ほどものが多かった。

 民家内には当時の農具や生活用具も展示されており、園内の道端には道祖神や庚申(こうしん)塚も置かれていた。

 どの家屋も入り口が解放されていて、見学者は家に自由に入ることができる。多くの古民家は、中に入ると広い土間になっていて、左手は一段と高くなって板敷(いたじき)や筵(むしろ)のようなものが敷いてあり、右手には馬屋、奥の方にはかまどなどがあり、生活道具や農機具などが展示されていた。見上げると、アーチ型をした黒い大きな梁(はり)が見事に組み合わされているのが見えた。

 東北や信越の家屋が多いので、どの家にも囲炉裏があり、その中の1軒は実際に火が燃えていた。火の煙によって、建物の内部がいぶされ、虫が付かなくなるのだそうで、順番に囲炉裏に火を入れるのだという。

 囲炉裏の周りにはわらで作った敷物があって、見学者が火の世話をするボランティアの方を囲んで座れるようになっていた。わたしたちも囲炉裏端に座ってみたが、この日は暑いほどの天気で、火に手をかざす事などできなかったが、寒いときなら囲炉裏の暖かさはさぞやご馳走(ちそう)であったろうと思う。 面白いと思ったのは囲炉裏の道具類で、火吹き竹、火ばし、十能(じゅうのう)に火消しつぼまであった。どれも子供の時の記憶にあるもので、わが家の昔のかまどを思い出した。

 白川郷から移築したという合掌造りの古民家が戸隠そばを提供するそば屋になっていた。山菜そばはうまかったが、それ以上に合掌造りの家の中を通る風がさわやかで、心地よかった。

(写真は日本民家園のHPより)

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