昨年11月、レストランを格付けする「ミシュランガイド・東京版」が発売され、テレビや新聞でも大きく報道された。
ご存じとは思うが、念のため説明すると、フランスのミシュラン社が、ヨーロッパ各地のレストランを覆面調査員が調べ、レストランを三つ星、二つ星、一つ星に格付けした。この格付けを書いた冊子がミシュランガイドである。
三つ星(☆☆☆):そのために旅行する価値がある卓越した料理
二つ星(☆☆):遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理
ミシュランガイドで☆を一つでももらうことは素晴らしいレストランとして評価されたことになり、まして☆☆☆と評価されれば最高級のレストランとして評価されたことになる。
このミシュランガイドはフランスを中心に古くからヨーロッパで発行されてきたが、2005年にはアメリカでも発行され、そして昨年は初めて東京で発行された。
東京では16万店あるといわれる飲食店から1500店をまず選び、日本とヨーロッパの5人の覆面調査員が1年半かけて訪ね歩き、点数を付けたのだという。
その結果、東京では☆☆☆に8店、☆☆に25店、☆に117店、合計150店が選ばれた。これまでに一つ以上の☆を得た店はパリで64店、ニューヨークで39店だそうで、東京は「世界で一番、おいしい料理を食べることができる都市」ということになった。
インターネットで発表された店をみると日本料理店が6割程度と多く、ついでフランス料理、後は中華料理、イタリア料理などである。日本料理はすし店が多く、うなぎ、ふぐ、そば店なども含まれていた。
これらの店の中に、私がこれまでに行ったことのある店があるかどうか目を凝らして見てみたが、残念ながら150店の中にこれまでに行ったと確信できる店はなかった。ただ、☆店の姉妹店には現役のころ、何度か行っているのがせめてもの慰めであった。
この格付けが発表されてからは、☆☆☆店の予約が殺到し、既に年内は予約が一杯で、年が明けてからの予約も受け付けていないという。 しかしながら、予約が取れるか取れないかは、私には関係ない。
☆☆☆店はもちろんのこと、☆店でも夜の席は2万円から3万円、安いところでも最低が1万円ぐらいが相場で、年金生活者が気軽にゆけるところではない。
この年令まで毎日食べ続けてきて、70年で計算すると7万6千回あまりも食べてきたことになる。
18才までは母親が作った食事、それ以降は下宿や寮の食事、結婚してからは妻の作ってくれた食事、学生の時も社会人になってからも食堂や仕出し弁当の昼食、夜の会食などすべて合わせると、前述の回数にもなり、随分と食べたものである。
これだけ食べてきて、「あの時はおいしかった」「あれはうまかった」といえるものは何だったろうかと自問すると考え込んでしまう。
☆☆☆レストランに行っておれば、そこの食事がうまかったといえるかもしれないが、残念ながら☆の付いたレストランには行ったことがない。 ☆の付いたレストランと同クラスのレストランで食事をしたことはあり、そのようなレストランはうまいには違いないが、「うまかった」と今でも記憶に残っているものはない。
海外旅行で何回も食事をしてきて、昨年のハワイ旅行で食べた伊勢エビはうまかったほうであるが、ほかに特別うまかったという思い出はない。
特別うまかった、というべきかどうか迷うところだが、これまでに「うまいなー」感じて、記憶に残っているものを挙げるとすれば、次のようなものである。
いずれも海外旅行からみのもので、最初の機内食のおでんは、大根だったかこんにゃくだったか忘れたが、日本の味と同じおでんが出て、ダシの利いたしょうゆ味で口の中が洗われるようにうまかった。
2番目の柿の種は、ライン川下りでツアーの仲間とお茶を飲んでいるとき、日本から持参した柿の種を分け合って食べたもので、香ばしい柿の種が何とも言えずうまかった。この時、前の席に座っていた新婚らしいカップルが、柿の種の焦げたようなしょうゆの香りにたまらないと言って振り向いたので、小袋をプレゼントしたほどである。
三番目はエジプトの旅行記に書いており、エジプトから帰って、コンビニで買ったおにぎりが、とてもうまかったというものである。エジプトに限らないが、香辛料の利いた食事を続けていると、米を炊いただけの、香辛料を全く使わないおにぎりが実にうまく感じられた。
70年間に食べたものの中で、美味しかったと言えるものがおでん、柿の種、おにぎりでは情けない話ではある。
落語の「目黒のさんま」にあるように、うまいかまずいかは食べる人の状況によって決まってくる。毎日毎日、☆☆☆レストランで食事をしていたら、☆☆☆レストランの料理でも感動する程おいしいとは思わないであろう。
「すき腹にまずいものなし」「空腹は無上のソース」「空腹は最上の料理人」といった言葉があり、腹が減っておれば何でもうまいし、日本を離れて外国の料理ばかり食べていると、しょう油味がこの上もなくうまくなる。
運動したり、仕事をしたりして汗を流し、腹をすかせて食べれば、1杯のビールが☆☆☆レストランで飲むビール以上にうまいし、何を食べても☆☆☆レストランで食べるのと同じかそれ以上にうまい。
私の知人に大阪出身で、秋田県の女性と結婚した男がいる。その彼は私と同年で、若いときは奥さんの作ったものを何でもおいしく食べていたが、年を取ってくると、若いころに食べた関西風の味に対する懐かしさが次第に強くなってきたという。
みそ汁や薄味のうどんなど、昔の味に出会うと、味の記憶がよみがえってきて、つい「うまいねー」と口に出し、お好み焼きやたこ焼きなど関西の食べ物を口にすると、子供の時食べた情景が浮かび、親兄弟や友達などの顔が浮かんでくる、といった。
ところが、奥さんはこの関西風の味になじめず、旦那がお好み焼きやたこ焼きから思い浮かべる情景などとうてい分かるはずもない。
その代わりというか、奥さんは秋田のみそ味をおいしいと思い、きりたんぽや山菜などに引かれるものがある。
大阪出身と秋田出身の夫婦の場合、奥さんが食事を作るので、どうしても奥さん好みの味なり料理となり、旦那はそれが不満のようだった。 きりたんぽ鍋はうまいのだが、旦那は奥さんのようにきりたんぽ鍋で昔の家族の情景を思い出すことなどできないのである。
私は幸いにも妻と同郷なのでこの様なことは起こらない。
昨年の秋ぐらいからのことだが、近くのよく出掛ける食品スーパーに、昔はテンプラと呼んでいたジャコテンが並ぶようになった。以前にも食品フェアーなどでジャコテンが売られていたことはあるが、そのころはとても高かったのだが、そのスーパーのジャコテンは1枚30円弱で買いやすい。時々買って、味噌汁に入れたり、うどんに入れたりして食べていて、私も妻も子供の時食べたお袋の味がよみがえってくる。
妻は、お祭りや祝い事の時に必ず作られたちらし寿司を今も上手に作り、それを食べると大きなすし桶一杯に作られたお祭りの時の情景を思い出し、話が合う。
私にとっての☆☆☆レストランは妻が作ったり、私が作ったりしたものを家族で賑やかに食べるわが家の食事である。
(写真はミシュランガイド2008東京の表紙
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